「個性と自由を尊重することを教えてくれた、よい子の学園での2年間」
私は、1982年、2歳のころ、石油会社に勤める父の仕事の都合でニューヨークに引っ越しました。それから約2年間、弟とともにニューヨーク育英学園にお世話になりました。当時は「よい子の学園」という名前でしたので、今でも我が家では「よい子の学園でこんなことがあった。」等と昔話を懐かしく思い出しています。家族とともに日本に戻ってからもう35年も経ちますが、岡本先生と両親との親交は続き、今回、岡本先生が両親を訪ねてきてくださった際、この「先輩から一言」のコーナーのお話をいただきました。はるか昔に2年だけ在籍していた私が、今学園で頑張っている皆さんのお役に立つ話ができるかはわかりませんが、少しだけ「よい子の学園」での思い出をお話しさせてください。
ニューヨークと聞いて思い出す情景は、日本では考えられないような広いマンション(当時住んでいたマンションは220平米あったとか)や、エンパイアステートビル、公園の砂場で遊んだことなどです。なにしろ2歳から4歳と、ほとんど記憶がない時期なので、それらの情景が帰国後に当時の写真やビデオを見て作られた記憶なのか、実際の体験の記憶なのかははっきりしません。
当時のことを両親に聞いてみると、当時の学園はマンハッタンのど真ん中にあり、私のマンションは学園のあるビルと同じビルの中にあったようです。エレベーターに乗るだけであっという間に学園に着いてしまうのですから、私の両親からすればそんな楽な話はないですね。マンハッタンの中心という場所柄、保護者の方々は芸術家やレストランの経営者の方などが多く、その影響もあったのか、学園では英語はもちろん、絵画、楽器、踊りなど様々なクラスがあり、ニューヨークで活躍するプロや、プロの卵のような専門的な先生がクラスを担当してくれていたようです。両親の話では、当時の学園は小規模で非常に家庭的な雰囲気だったそうです。今回、岡本先生にパンフレットやカレンダーなどを見せていただきましたが、規模は大きくなっても家庭的な雰囲気は変わっていないようなので嬉しくなりました。
アットホームな学園の雰囲気は保護者同士の関係でも同じで、我が家でも学園の友達の家族を迎えてよくホームパーティーを開いていたようです。その時は日本から持参した自動餅つき機が大活躍したとか。今と比べてまだまだ日本人が少なかった当時のニューヨークで、学園の中でも外でも、みんなで知恵を出し合って助け合っていたようです。その中心にあったのが、よい子の学園でした。
学園ではたくさんのことを学ばせていただきましたが、私にとって特に大きな財産となったのは日本語のクラスでした。海外にいても日本語の言語の幹をしっかり育てることが思考の基礎と深さに繋がるという当時の学園の教育ポリシーのもと、日本語をみっちり教えていただきました。帰国後は現地の学校で英語漬けにしなかった両親に不満を持った時期もありましたが、2歳から4歳という重要な時期に日本語の学習をしっかりできていたことは、その後の論理的思考やコミュニケーション能力を向上させる上でも良かったのではないかと今では思っています。また日本語で考え、議論を交わし、人を説得し、難しいことをできるだけわかりやすく伝える文章を書くという弁護士に必要不可欠な能力の素地が作られたのも、この時の学園の教育のおかげなのではないかと思っています。
それと、私は高校生の頃から自由思想や人権思想に興味を持つようになり、それが弁護士を志すきっかけになったのですが、そういう考えを持つようになったのも、学園にいた頃にたくさんの個性を持つ方にお会いし、多様なカルチャー、考え方に触れることが影響しているのではないかと思います。目立つことが決して良いこととされず、目に見えない同調圧力が蔓延する帰国後の日本での生活の中でも、それに違和感を抱き、個性・自由を尊重して多様性を認めることの大切さを忘れなかったのは、学園での生活があってこそだと思っています。
いま、弁護士になって10年目になります。企業間の契約書の確認やトラブルの処理(企業法務といいます)や、個人の方の相続や離婚問題など(一般民事事件といいます)、色々な事件を扱っています。契約書の確認や国際的な家庭の相続問題で英語を使うこともあります。人と争う(敵がいる)という特殊な仕事ですので、人に恨まれることや怒鳴られることもあります。でも、苦しい立場にある人をその置かれた状況から救い出し、本来の姿・権利を取り戻してあげることもできるのが弁護士という仕事です。責任の大きい仕事ですが、その分やりがいも大きい仕事です。弁護士の仕事をしていると、ただ法律の知識・情報を提供するだけではダメで、自分の頭で考えて戦略的に事態に対応する能力が求められていると感じます。それと同時に、自分の考えを押し付けるのではなく、様々な悩みや苦しみを持つ方の状況を理解し、それに寄り添える共感力が大切であると思います。
残念ながら、学園で過ごした2年間のみで英語がペラペラになったわけではありませんが、学園での生活はそれ以上に大切な今の私の基礎の部分を作ってくれました。ちなみに2歳離れた弟は、帰国後ミネソタに留学し、今はドイツの大学で経済学の教員をしています。学園生活が弟にどんな影響を与えたかはわかりませんが、楽しかった学園での思い出が海外に飛び出す勇気を与えてくれたのかもしれませんね。
めまぐるしい勢いでIT技術が進歩し、そう遠くない未来に、ほとんどタイムラグがなく、違和感もなく、日本語を英語に翻訳するアプリケーションが開発されるのではないでしょうか(もうそういうものが出始めています)。昔のように英語が話せればいい大学や会社に入れるという時代は終わりになるのではないかと思います。知識もそうです。どんなことでも瞬時にインターネットで検索して知識を得られる時代が到来し、「知っている」ということの価値は昔に比べて落ちてきています。
皆さんは、いま学園で一生懸命英語の勉強をしていると思います。それはもちろんとても大切なことで、将来どのような分野に進むとしてもきっと大きな武器になってくれると思います。でもそれと同じくらい、皆さんがニューヨーク育英学園で出会った人やいろいろな考え方、自分と違う文化や考えの人と接していく経験から学んだことは、皆さんの貴重な財産になってくれると思います。「外国」で暮らすというなかなかできない貴重なチャンスですので、この機会にたくさんの人と出会い、積極的に色々な経験をして頂ければと思います。優しく、強く、柔らかい心を持ち、自分で考え、その考えを積極的に発信し、言語の壁を越えて世界中から必要とされる、本当の意味での国際人になってください。応援しています。