Oral History
育英学園の学園歌ができた頃のお話
岡本 徹 第2代学園長(1985年3月〜)
1986年、幼児部のみであった Japanese Children’s Society に全日制の小学部が開設されました。まずは1年生のみ14名でのスタートでした。1989年の2学期に現在の Englewood Cliffs の学園舎に引っ越ししましたが、その頃、自然発生的に学園歌を欲しいとの希望が出てきました。
世界の中心地ニューヨークにあるのだから他には無いユニークな曲をとの希望が、園児たち、職員、保護者からも有りました。そこでマンハッタンで活躍中の若手ミュージシャン迫彰一郎さんに依頼することになりました。迫さんのお父上が玉川学園小学部元校長、作詞家と言うこともあり、岡本徹学園長が東京の迫先生のお宅を訪ね打合会を持ちました。
そこで説明されたのが、学園とマンハッタンの間に悠々としたハドソン川が流れ、緑溢れる広々とした環境の中で子供たちはのびのびと過ごしていること。また鳥、リス、鹿の多い学園を取り巻く豊かな自然の説明をしました。GW橋を渡れば世界中の人々が集うマンハッタンがあること。その様子を見ている学園の園児たちにも将来コスモポリタンとして大きく飛び立ってもらいたい学園の気持ち。ハドソン川の下流には自由の女神が地域のシンボルとして我々の姿を見つめている。などをお伝えしました。
出来上がった学園歌はシンセサイザー伴奏でアップテンポの素晴らしい曲でした。毎週の朝の会や式典で皆で大きな声で歌い、すぐに大切な学園の宝物となりました。
のちに学園音楽専科の福山哲生先生によりピアノ曲にも編曲され現在に至っています。3年ごとに東京とNYで開かれるファミリー同窓会では参加者全員での合唱になり、いつまでも心に残る素晴らしい学園歌となりました。
学園歌(作詞:迫 新市郎/作曲:迫 彰一郎)は、学園案内のページでお聴きいただけます。